コラム(エッセイ集)

意外と良いカーオーディオの音

 

 私の第一の趣味は音楽を演奏することですが、もちろんCDなどもよく聴きます。私がCDを聴くことが一番多いのは、実は車の中なのです。毎日の職場への行き帰りや、お客さんのところや現場への往復などには、必ずといっていいほどカーオーディオでCDを聴いています。特別の装置を積んでいるわけではなく、はじめから付いていた装置をそのまま使っているだけですが、これが結構いい音がします。住宅の部屋に比べると、車の室内はきわめて狭いにもかかわらず、このようにカーオーディオの音が、装置の割にはそこそこ聞けるのは、何と言ってもその室内の造りにあります。
 まず遮音性が良いことがあげられます。ドアやガラスの建て付けがきっちりしていて、閉めたときに隙間がほとんどありません。これに比べると、住宅の建具など、アルミサッシュでも隙間だらけといえます。(防音サッシュは別ですが。)ガラスの厚さなどは、ほとんど同じですが、隙間がない分、遮音性がぐっと高くなっています。
 それに車体はタイヤで地面から浮いています。そのタイヤは振動を吸収するゴムと空気でできていますから、ほとんど完全な浮き床構造になっているわけです。そのため地面を伝わってくる振動などもほぼ完全に遮断されます。
 次に室内の形状ですが、向かい合った平行面というものが、全くといっていいほどありません。ですからエコーなどが発生せず、音が室内全体によく拡散し、均一な音場を作ります。
 そしてもう一つは内装材料です。車内は安全のために、ガラス窓以外は天井も床も、座席も、ほとんどの部分が柔らかい布張りやレザー張りなど、吸音性の高い材料で作られています。ですから不要な反射音が、きわめてよく抑えられています。唯一の反射面は窓ガラスですが、ガラスという材料は密度が高いため、高音域から低音域まで比較的均一な反射率を持っており、反射音に妙な癖が出ません。
 そういうわけで、車内というのは、広さの点を除けば、きわめて良好なオーディオ・リスニング空間なのです。ですから、車内と同じような造りで、もっと室容積のある空間を造れば、理想的なリスニングルームになるはずです。

 

 

 

 

落ち着けないレストラン

 

 私の設計事務所の近くに、半年ほど前、11階建てのシティホテルが完成しました。大理石を使ったゴージャスなロビーの奥にレストランがあります。これもインテリアデザイン的には、なかなかおしゃれなものだと思います。
 でもこのレストラン、私はオープン直後に2~3回行ったきりで、その後あまり行く気になれません。なぜならここで食事をしたりお茶を飲んだりしていても全然落ち着けないからです。その理由は明らかです。あまりにも騒音が耳につくのです。
 なぜそうなのかは、内装を見渡してみればすぐにわかります。床は木製のフローリング。壁はセメント系のパネルが主体で、一面全体にガラスのミラーが貼ってあります。天井は硬質のボードで、一部はコンクリート直仕上げです。つまり反射性の材料ばかりで構成されており、吸音性の材料はほとんど使われていません。
 ですからナイフやフォークのカチャカチャいう音が妙によく響きます。また他の客の話し声も、少し離れていても、けっこうよく聞こえてきます。厨房での皿を洗う音までが漏れてきます。つまり全体が何か騒々しいのです。このような中では連れのものと会話をするにも少し大きめの声で話さなければなりません。皆が皆そうするものだから、よけいに騒がしい感じになります。
 このレストランを設計したインテリアデザイナーは、たしかに視覚面でのデザインセンスはあるのかも知れません。しかし音のセンスは皆無・・・、というよりも全く注意が払われてないのです。このようなことが、残念ながら我が国では、いたるところでまかり通っています。このレストランの場合、たとえば天井をロックウール吸音板にするなどの、ちょっとした音響上の知識と配慮があれば、ずいぶんと良くなったはずなのです。
 皆さんも、このようなご経験はないでしょうか。今度レストランや喫茶店へ行かれたら、その室内の音の具合と内装材料に注意してみてください。

 

 

 

 

段ボール防音室の遮音性能

 

 段ボール製の防音室というものが売られているのをご存知でしょうか。いくつかの会社から似た仕様のものが売り出されているようです。
 ところで先日それらのうちの一つのサイトを見ていましたら、その段ボール防音室の内部での音量が90dB(デシベル)だったものが、その外側(防音室から1メートル離れたところ)で測ったら60dBになっており、すなわち30dBも音が小さくなりました、ということが書いてありました。
 これだけ見ると、その段ボール防音室の遮音性能(透過損失)が、30dBあるように受け取れます。30dBの遮音性能がどれくらいかというと、ヤマハのアビテックスの普及タイプの遮音性能が30dBなんです。つまり段ボール防音室は、アビテックスと同程度の遮音性能がある!・・・ということになるんでしょうか?
 (ちなみにアビテックスの値段は、最小の0.8畳のものでも約50万円しますが、それと同程度の大きさの段ボール防音室の値段は約8万円)
 問題は、段ボール防音室の音量の測定方法にあります。まず室内での音量が90dBだったということですが、音源は何でしょう。そしてその音源からどれくらいの距離のところに騒音計を置いて測ったのでしょう。
 仮に音源が防犯ベルとか目覚まし時計のようなものだったとして、その音源から10センチのところに騒音計を置いて測ったとしましょう。その測定値が90dBであることは、十分ありえることですので、これについては何も問題はありません。問題は防音室の外で測った時のことです。1メートル離れて測ったということですので、音源(防犯ベルとか目覚まし時計)がその防音室の中央くらいに置かれていたとすると、音源と騒音計との距離は約1.6メートルくらいと思います。
 ところで音というものは、当然のことですが、音源に近いところでは大きく聞こえ、そこから離れるにしたがって小さく聞こえます。数値としては、音源との距離が2倍になると、6dB下がります。
 すなわち音源から10センチのところでの測定値が90dBだったとすると、20センチのところでは90-6=84dBになるのです。距離が2倍になると6dB下がるのですから、音源からの距離が40センチになると、20センチの時にくらべて更に6dB下がって、84-6=78dBになります。同様に、音源から80センチのところでは72dB、160センチのところでは66dBになります。
 これはどういうことかというと、防音室のようなものに入れなくても、単に音源から離れていくだけで、1.6m離れれば測定値は66dBになるのです。上記段ボール防音室の場合は、音源から1.6mの位置で測定値が60dBだったのですから、段ボール防音室の遮音性能は66-60=6dBにすぎない、ということになります。
 このように音源との距離が大きくなれば測定値は小さくなっていくのですから(これを距離減衰と言います)、音源と測定位置との関係を無視して数値を比較しても、全く意味がありません。
 まあ上記の段ボール防音室のことなどは、子供だましのようなことなのですが、建築工事として防音室を作る防音工事業者の中にも、完成後に騒音計で測定してみせるところがあります。その場合も、例えば音楽室の中でピアノなどの音源に近いところで音量を測定した後、外に出て(つまり音源であるピアノから離れて)音量を測定して、ほらこんなに小さくなりましたと言われても、それはその防音室の遮音性能(透過損失)を表しているわけではないということに注意しておく必要があります。

 

 

 

 

インターネットで、ある質問と回答を読んで

 

 インターネットに、次のような質問と回答のやりとりが掲載されていました。
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【質問】 Rさん ( 大阪府 / 女性 / 39歳 )
ピアノ室の防音について

 

ピアノ部屋防音についてお伺いさせて頂きます。
・設置場所は木造1階
・15〜16帖のフローリング
・はき出し窓1つ、小窓2つ&入口1つ(予定)
・グランドピアノYAMAHA C2
・広く使いたいためピアノ以外は設置しない

 

新築を予定していまして、1階にピアノ教室を作りたいと思っています。ピアノだけでなくグループレッスンも希望。
そこで工務店に防音をお願いしたところ、床も含めて壁全面に鉛のシートを入れ、窓はペアガラス、扉は分厚い防音用のもの。とのお返事を頂きました。
私としては防音と遮音、さらに音響のことを考えたいのですが、工務店としては「カラオケ店の防音は何度も経験しているからご近所への音の配慮は自信がある。しかし残響のことを言われてもわからない。どの材料を使用すれば良いのかパンフレットなどを探してきてくれたらそれを購入して施工します」とのことでした。
私も防音のプロではないので、「ご近所にご迷惑をかけない・ピアノを弾いても心地よい残響にして欲しい」との希望をお伝えすることしかできません。防音室だけ別の業者にお願いすることは不可能との返答ですので、今後どのようにしていけば良いのか困っています。アドバイス頂けないでしょうか。
また工務店の内容での効果は如何なものでしょうか。ペアガラスと2重サッシの効果の違いなどについても教えて頂けると嬉しいです。
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【回答】 建築家 M氏 

 

Rさんこんにちは。○○建築工房のMと申します。快適に楽器を演奏するためには、おっしゃるように、音を家の外に漏らさない''遮音''と、部屋内部の''音響コントロール''の両方が必要です。
**遮音
どの程度の遮音性能を望まれますか。グランドピアノは、音量も大きく、音域が広いので、遮音難易度は高いです。夜中でも気兼ねなく演奏できる(音を漏らさない)レベルにするのは、結構大変です。ある遮音性能の壁で、スキマなく覆うことが必要です。スキマから音が漏れ、性能の弱い部分で遮音性能が決まります。
窓、扉、換気扇は要注意です。一般の住宅サッシは余り遮音性能は高くなく、はき出し窓は、サイズが大きく、遮音性能は悪いです。ペアガラスは2重なので遮音性能が高いと誤解されることがありますが、周波数帯によりガラスが共鳴するので、単ガラスより遮音性能が悪いです。この点だけを見ても、工務店さんの防音仕様はNGです。
**内部音響
音楽ホールの残響は、壁面からの時間差の反射音により生まれます。16畳位のホールと比べ小さな部屋の場合、反射が強いと、快い残響でなく、うるささだけで、非常に不快となります。吸音が強すぎると、演奏したとき音量が出ず、頼りなく感じてしまいます。
床はフローリングで、音を反射させるので、壁1面に厚手のカーテンを設置し、コントロールするのが良いと思います。
木造住宅でも適切に設計し、注意深く施工すれば、快適にピアノ演奏できる環境は可能ですが、工務店は余り知識がないようなので、アビテックス(ヤマハ)のような防音室を使うのが無難ではないでしょうか。
参考にしていただけたら幸です。
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 とまあ、こんなやりとりです。
 建築家M氏の回答は、ごく妥当な内容で、問題ありません。少なくとも最後の方の「・・・工務店は余り知識がないようなので」というところまでは。しかしその後で「アビテックス(ヤマハ)のような防音室を使うのが無難ではないでしょうか。」って・・・。
 Mさん、それはないでしょう。その前に「適切に設計し、注意深く施工すれば、快適にピアノ演奏できる環境は可能です」とお書きになっているではないですか。だったらどうしてご自分で設計し、監理してあげようとしないのですか。どうしてアビテックスのような既成防音室(しかも値段がべらぼうに高い)をお勧めしてしまうのですか。結局Mさんも、工務店よりは知識はあるけれども、それを行う技術力はないということをさらけ出していることになりはしませんか。
 最後に「参考にしていただけたら幸です。」とおっしゃっていますが、結局なんだかんだ言っても、最後にはアビテックスにしておきなさいというのなら、それ参考にもなにもならないじゃないですか。

 

 

 

 

遮音性能の誇大広告に騙されないこと

 

 インターネットを見ていますと、いろいろな防音工事業者が宣伝をしています。それはそれでかまわないのですが、どうしても気になるのは、それらの中に、明らかにクライアントに誤解を生じさせて騙してやろうという意図を感じられるものがあることです。
 そんな宣伝の代表的な文言が「わが社は完全防音です」というものと、「わが社の防音性能は50デシベルです」というものがあります。
 まず前者についてですが、一般の方が「完全防音」と聞くと、当然音が全く聞こえないようになるのだと誤解してしまいます。すなわち、防音室の中でグランドピアノを弾いていても、外に出れば全く聞こえないのだと。
 そのようなことは通常ありえません。もちろんコンクリートの地下要塞のようなものを金に糸目をつけずに造れば可能かもしれませんが、普通の住宅建築において、常識的な費用の枠内でそれを行うことは不可能です。せいぜいが防音室の中の音を外部で55デシベル下げるくらいが現実的な限界です。すなわち防音室内で95デシベルの音でグランドピアノを弾けば、それを外で聞けば95-55=40デシベルとなる、このあたりが現実的に可能な数値なのです。
 40デシベルいうと、ちゃんと聞こえます。でもそれが防音工事としてOKと言えるのは、隣家の内部においてどれくらいの音が聞こえるかと考えた場合、隣家の外壁の遮音性能が20デシベルとすると、内部においては40-20=20デシベルくらいになって、ほとんど聞こえなくなり、隣家に迷惑を及ぼすことは無くなるからです。(それでも中にはわざわざ庭へ出て、音が聞こえるとクレームをつける人も無くはないのですが・・・)
 ですので私たち防音工事を行う者は、良心的であればあるほど、「完全防音」などという誇大広告的文言を使うことはできないのです。

 

 また「わが社の防音性能は50デシベルです」ということについては、あるお客様に聞かされたことがあります。そのお客様のおっしゃるには、ピアノ室の防音をするにあたって、2つの防音工事会社に相談したところ、A社は「わが社の遮音性能は35デシベルです」と言い、B社は「50デシベルです」と言ったというのです。それでB社にしようと思うのですが、とおっしゃるわけです。
 それは常識的に言って防音室単体の遮音性能が50デシベルということはあり得ません。通常30~35デシベルであり、高遮音仕様でも40デシベルです。ではなぜB社は50デシベルなどと言うのかというと、それは防音室の壁と建物本体の壁を合算して50デシベルと言っているのです。それをちゃんと説明して言うのならいいのですが、そのような説明もなく、単に「わが社は50デシベル」というだけ言うのは、お客様に誤解を与える言い方です。

 

 こういった「わが社は完全防音」とか「わが社は50デシベル」などという文言は、あきらかに自社の優位を得るために、意図的にお客様に誤解を与えようという商売人的悪意があると思います。
 このような宣伝を見るにつけ、防音業界というのは、まだまだレベルが低い業界だなと思ってしまいます。防音工事というのは、芸術的一端を担った立派な仕事であるはずなのに。