第5章 防音室と建築本体の関係
ここまで防音室づくりの具体的知識として、遮音、室内音響、デザインと環境、について述べてきました。これらは主として防音室自体についての知識でした。しかし防音室というのは、それだけが独立して存在するということはほとんどありません。ごく一部の例外を除いて、たいていの場合は建物の一部として作られます。つまり防音室は建物本体と切っても切れない関係にあります。
そうである以上、良い防音室を作ろうとするのであれば、建物本体との関係性ということ、あるいは建物全体における防音室の位置づけ、あり方、というものをおろそかにしてはなりません。
私の設計室では、建物本体も防音室も含めて一括して設計を依頼される場合もありますし、建物本体は他の設計事務所やハウスメーカーが行って、防音室だけを依頼される場合もあります。
前者においては当初より建物本体と防音室の関係性を考慮しながら全体設計を行っていくことが可能なのですが、後者の場合は、私が防音室の依頼を受けた時点では、すでに建物本体の設計が終わっていたり、すでに工事も始まっているということがよくあります。そんなとき、ああ、この部分がもうすこしこうなっていれば、もっと良い防音室ができるのに、と思うことがよくあります。もちろんその時点で変更が可能な場合は、それを進言させていただきますが、そうでない場合は既に手遅れのことを述べてもしかたがないので、思っても口には出さず、業務を行うことになります。
しかしそのようなことは、やはり残念なことなので、そうならないようにすることが大切です。つまり、家づくりの早い段階から打ち合わせに同席させてください、ということなのです。
ところが、防音室作りの業者が、皆私どもと同じように思っているかというと、必ずしもそうではないようです。第1章で、ある防音業者が「建物本体は工務店の方でいいように設計してくれたらいいです。当方はその設計によってあてがわれたスペースに防音工事をするだけですから・・・」と言ったというエピソードを書きました。実は、そういったスタンスの防音業者が多いということ、そしてそれが従来の防音室づくりの考え方であったことは否めません。
なぜそのようなスタンスなのかというと、それは防音業者が建築本体のことについて無知なことも一因です。建築設計における構造的な知識、法的な知識、そういったものを持っていないと、仮に設計初期の段階で同じテーブルに付かせてもらったとしても、何も言えないわけです。おかしなことを言って、無知をさらけだして、否定されたりバカにされたりされるよりは、黙っておいて、設計士に任せておいて、それができてから自分のテリトリーだけで動いていたほうが無難ということになってしまいます。そこに前述の「建物本体は工務店の方でいいように・・・」という発言も出てくるのだろうと思います。
でもそれはだめです。敗北です。負け犬根性です。その点を改善して、建築本体と防音室を有機的に統一した設計を行うことによって、本当に良い防音室をつくること、そして本当に良い家をつくること、それが私の設計室の目指しているところなのです。
さて、この建築本体と防音室との関わりについては、これまでの各章でもうでも折に触れて述べてきています。その部分をここに抜き書きしてみたいと思いますので、復習の意味も込めて、読んでみてください。
★第1章後半「建物本体との関係」から
防音室作りにおいては、もう一つ重要な要素があります。それは建物本体の設計です。防音室は、実験室のようなそれ単体の用途のために独立して設置するケースを別として、大抵の場合、建物の一部として設けられます。住宅内に設ける防音室は、新築住宅の場合は建物本体と防音室が同時に設計され施工されることがありますが、既存住宅の一室を防音室にする場合は、建物本体が先にあって、あとからそれに合わせて防音室を設計し施工することになります。いずれの場合も、建物本体がどのような構造で、どのような形状をしているかということが、そこにつくられる防音室を規定します。また逆に、そこに防音室を作ることによって、建物本体にも影響を及ぼします。
ですから、建物本体のことを無視して防音室の設計を行うことはできません。良い防音室を作るためには、建物本体のことも同時に考えに入れながら設計と施工をしていく必要があります。したがって防音室を設計したり施工したりするものは、建築物本体についての知識も十分に持っていることが求められるのです。
(・・・)建築本体を施工する工務店さんにも、防音室づくりの基本的なことを知ってもらうことが望ましいです。
(・・・)
私事になりますが、当設計室では新築工事において防音室を手掛ける場合は、設計初期の段階で、必ず工務店さんに「新築住宅における防音室関連の設計マニュアル」を手渡して読んでいただくようにしています。これは工務店さんにはたいへん喜んでいただいています。それによって当設計室と工務店さんとの間で知識と信頼の両面での連携が可能になり、良い防音室づくり、良い家づくりにつなげていくことができるのです。
★第2章後半「建物本体の性能」から
「70dB減衰の内訳,」で述べましたように、それには建物本体の遮音性能というものを見込んでいますので、トータルな遮音性能70 dBという目標を実現するためには、これも重要な要素です。
(・・・)
ところが防音工事屋の中には、建築本体のことに疎く、建物本体の遮音性能を上げることにまで考えが及ばない業者も少なくありません。トータルとして良好な遮音性能を実現するためには、建物本体の性能にも十分留意することが必要で、またそのことが効果的に遮音性能を向上させることにもつながります。
★第2章後半「建物の間取り」から
遮音とは要するに、楽器などの音源により室内で発生した音が、近隣の住居にいる人の耳に達するまでに、いかに小さくするかということです。ですから家のどの場所に防音室を設けるかということが、大きく影響してくるわけです。
(・・・)
既存住宅に防音室をつくる場合は、なかなか思い通りにいかないかもしれませんが、新築住宅の場合は全体の間取りを考える基本設計の段階において配慮しておくと、良い結果になります。特に近隣の住宅と近接している場合は、できれば隣家の間取りも考慮に入れて防音室の位置を検討することも良いことです。
このように、単に防音室の仕様や造りといったことだけを考えるのではなく、家全体の間取りや近隣の状況も含めた、トータルな設計という視点を常に持って設計と工事を行っていくことが、良好な遮音性能を実現するためにとても大切なことです。
★第3章前編「最小寸法(第2セオリー)」から
室内音響を考えるとき、単に部屋の容積だけで決められるものではありません。もう一つ大切なのは、縦・横・高さの内の一番小さい値です。これによって部屋の音響が大きな影響を受けます。
(・・・)
私のこれまでの経験では、この一番小さい値の分岐点は2.4mと考えています。これ以下では決してダメということはないのですが、どうしても音に圧迫感というか窮屈さが感じられてしまします。しかしこの値が2.4m以上になると、それがあまり気にならなくなります。ですのでこの例でまず考えるべきことは天井高を2.4m以上にできないかということです。
(・・・)
これをすることは建築本体に一部手を加えることになりますので、建築構造についての知識のある業者でないとできません。その知識のない防音業者は、建築本体に何も手を加えることをせず(できず)、そのまま防音工事を行なうので、天井高の低い防音室を作ってしまいます。そういった業者の作った防音室の音が良くない(伸びやかさに欠け、圧迫感があったり硬い音がする)のはそのためです。
以上、ここまでの章からさて、建築本体と防音室との関わりについては述べた部分を抜き書きしてみました。
防音室の配置
それでは次に、建物全体と防音室の関係の根本ともいえる、防音室の配置について述べてみたいと思います。図14と図15をご覧になりながら、お読みください。
図14は平面図、つまり間取りを表している図面です。グレーの部分が防音室です。5種類を書いてみました。ポイントは、防音室の4面の壁のうち幾つが外部に面しているかということです。
Aは3面、Bは2面、Cは1面、Dは無し、Eはほぼ4面すべてが外部に面しています。外部に面する部分が多いということは、それだけ外に音が漏れやすいということを示しています。
したがってCやDのように外部に面する部分が少なければ、近隣に対する遮音性能は良いということになるのですが、家の中の他室に伝わる音は大きくなります。ですから何に対して防音する必要があるのか、近隣に対してか、家の中の他室に対してかによって、防音室の配置の仕方は変わってきます。Eは殆ど別棟という形ですので他室についての遮音性能はきわめて高いですが、近隣に対しては劣ります。
図15は断面図で、防音室の縦方向の配置を示しています。
Fは2階建て住宅の1階に防音室を設ける場合の最も一般的な配置です。
Gは上階に部屋がない場合で、この場合は防音室の天井を屋根勾配に合わせて斜めにして高くすることができますので、Fと比べると良好な響きになります。
Hは2階建ての住宅の2階に防音室を設ける場合の一般的な配置です。防音室は2階に作ることができないと思っているかたがよくおられます。確かに防音室は重量がありますので(ピアノなどのの重い楽器を設置する場合はなおさらです)、既存住宅の2階に造る場合は、構造的に問題がないか事前によく検討する必要がありますが、新築住宅に場合は、その重量に見合うような構造仕様にしておけばよいので特に難しいことではありません。
(「防音室の重量」の節をご参照ください)
2階に防音室を設けると、Gと同様に天井を屋根勾配に合わせて斜めにして高くすることができますので、良好な響きとすることができます。
Iは地下室を造って、そこを防音室にした場合です。土に囲まれているのですから、言うまでもなく近隣に対する遮音性はたいへん良くなります。注意すべきことは、湿気対策です。十分な換気設備を設ける必要があります。
防音室の重量
防音室のある家を設計する上において注意すべきことに一つに、重量のことがあります。防音室の壁・天井・床は、遮音性を高めるためにいずれも数層のボードで構成されますので、かなりの重みがあります。またピアノやエレクトーンなどの重量のある楽器を置くことも想定しておく必要があります。
それらの重量を支えるための構造耐力を建物本体が持っている必要がありますが、防音室を1階に設置する場合は、その重量は直下の地面で支えることができますので、一般の住宅に比べて特に注意すべきことはありません。しいて言えば、基礎はベタ基礎(地面の上の全面に厚さ15cm以上の鉄筋コンクリートの床版を造る工法)にして、大引や床束などの床下構造材を多めに入れることくらいです。現代ではベタ基礎は木造住宅の普通の工法ですし、大引や床束の増強も簡単なことですので、まったく問題はありません。
2階に防音室を設ける場合は、いくつか留意すべきことがあります。防音室の重量は、その直下の梁が支えることになり、そこから力が1階の柱に伝わっていきますから、これらの構造を十分にしておく必要があります。
また地震時に2階に思い重量がかかっていると、1階の筋交いや耐震壁に大きな力がかかりますので、それに耐えるような耐震設計をしておく必要があります。と、そのように書くと、たいへん難しそうに思われる方もおられるかもしれませんが、要は防音室の重量をきちんと計算して、それに見合うように直下の柱や梁の本数を増やしたり、筋交いや耐震壁を多めに設けるということですので、工法として難しいことはなにもありません。普通の工務店でも問題なくできることです。
私どもの設計室では、事前に防音室の重量を計算し、それを構造設計の専門事務所に提示して、どの部分をどのように補強すればよいかの指示を得て、それを工務店に伝えますので、工務店はその指示通りに工事をすればよいだけのことです。簡単なことなのです。しかし重要なことです。
(防音業者の中には、2階に防音室を設けることは勧めないところもありますが、それは上記のような検討を行うことを面倒くさく思っているか、その能力がないだけのことです。)
楽器の搬入経路
これも防音室づくりには大切なことですが、考慮されていないことが多いです。私のところへ防音室の設計や工事を依頼してこられる方の中には、それまでにすでに工務店と建物全体の間取りの打ち合わせをして、防音室の位置も決めて、その図面を持ってこられるかたがおられますが、その半分くらいは楽器の搬入経路が検討されていません。
問題になるのは、ピアノ、エレクトーン、マリンバなどの大型楽器です。マリンバは比較的簡単に分解して運び込めますが、ピアノやエレクトーンはそういうわけにはいきません。建物本体の設計の初期の段階から、それらの搬入経路をきちんと計画しておく必要があります。そうでないと、せっかく行った設計を大きく変更しなければならない事態になりかねません。
ついでに言いますと、ピアノの場合、注意しなければならないのはグランドピアノよりアップライトピアノの方です。グランドピアノは3本の脚やペダルを外せは本体は割と薄いので(40cmくらい)比較的小回りが利くのです。しかしアップライトピアノは一かたまり的な楽器ですので、なかなか融通がききません。
天井の高さについて
天井の高さについては、高ければ高いほど部屋の容積が大きくなるので音が伸びやかになるということを、何度か申し上げてきました。しかし音響の点だけでなく、実際に演奏上でも一定の天井高が必要な場合があります。
それはヴァイオリンやヴィオラのような肩で支える弦楽器を弾くときです。これらの楽器は立って弾くことも多いと思うのですが、その場合、弓の先端がかなり高い位置に届くことがあります。特にアップボウで最後の音をしっかり引くためには、フォロースルー的な動作が加わることもありますので、弓の先は床から2.2mあたりまで達することがあります。そうすると天井が低いと、弓が天井に当たってしまうのです。そのため、やはり2.4mくらいの天井高はほしいところです。
しかし一般の防音室(特にメーカーが作る定型タイプもの)は、天井高が2.1~2.2mほどしかないものも多く、この点も注意しておく必要があります。
既存住宅に防音室を作る場合の注意点
ここまでは主に新築住宅を建てる時に、同時に防音室も作る場合のことを書いてきましたが、既存の住宅の中に防音室を作るということも多いと思います。その場合の注意点もいくつか述べておきたいとおもいます。
既存建物の場合は、すでに柱や梁が組んであるわけですから、柱を移動したり梁を取り替えたりすることは、かなりの制約があります。やってできないことはありませんが、そのために構造耐力上問題が生じることは絶対に避けるべきですので、実際はできないと考える方が良いと思います。
そのために生じる一番の問題点は、天井の高さが十分に取れないということです。一般の建物は、たいていの場合、部屋の天井高が2.4mになることを標準にして設計されていますので、そこに防音室を作ると、二重天井・二重床のために、どうしても天井高が2.2mくらいになってしまいます。これまでも書きましたように、天井の高さは防音室の室内音響にとって大きなウエイトを占める要素ですので、できるだけ高い天井にしたいところです。
その場合、上記のように柱や梁のような主要構造体を改変すること避けたいのですが、唯一改変しても問題ない部分があります。それは1階の床下の構造です。
1階の床は大引と床束という構造材で支えられていますが、これらを改変することは建築全体の耐力上は問題を生じません。建物の1階の床は、地面から数十センチ高い位置にあり、床下は空間になっているのが一般的ですので、床全体を下げることが可能なのです。床を下げるとその分、床面から天井面までの高さは高くすることができます。
ただしその場合、床下に人が入ることはできなくなりますので、給排水の配管が通っている場合はそのメンテナンスが困難になることがあるので注意が必要です。また床下の空気の流れが悪くなって湿っけたりしないように、防湿措置や床下通気の配慮も必要です。
このあたりの配慮は、建築の知識を持ったものでないと難しいと思いますので、防音業者だけではなく、建築設計や工事の専門家も交えた打ち合わせのもとに行う必要があります。ゆめゆめ建築知識の不十分な防音業者だけに任せてしまうことがないようにご注意ください。
マンションの場合
さて防音室を作るのは、木造一戸建て住宅とは限りません。鉄筋コンクリート造のマンションの一室を防音室にするという場合も多いと思います。その場合の注意点を書いておきます。
マンションは鉄筋コンクリートだから、木造の一戸建て住宅よりも、遮音性が良いと思っておられる方がおられます。確かに鉄筋コンクリートの壁そのものは、木造の壁よりも遮音性が高いです。しかしだからと言って鉄筋コンクリートのマンションは木造の一戸建て住宅よりも遮音性が良いということにはなりません。
なぜかというと、もう皆さんもお分かりだと思いますが、マンションは壁も天井も床も、隣戸と共有しているからです。つまり隣戸との間は1枚の壁なのです。それに対して一戸建て住宅は、こちらの壁と隣戸の壁があるのですから二重壁であり、しかもその間は十分な空気層があるのですから、かなりの遮音性があるということになります。
またピアノのように床に設置する場合は、その音響的振動が床に伝わりますが、一戸建て住宅ですと、間に地面がありますから、それが隣戸に伝わることはありません。しかしマンションですと床の振動は、そのままダイレクトに下階の住戸に伝わりますし、またそれが横方向にも伝播して左右の隣戸にも伝わっていきます。
ですからマンション内に防音室を作る場合は、一戸建て住宅とはまた違う留意点があるのです。ともかく床のコンクリートに音響的振動を伝えないこと、これがマンションの防音室づくりの要諦です。
このように一戸建て住宅とマンションとでは、その主要な留意点が異なります。ところが不思議なことに世間で作られている防音室は、木造一戸建て住宅でも鉄筋コンクリートのマンションでも同じ仕様なんですね。これって、たいへんおかしなことだと思いませんか。ところが不思議なことに、これをおかしなことだと思っていない防音業者がほとんどなのです。
それは結局、防音業者は自分のテリトリーしか見ていないからなのです。自分の施工する範囲のことにしか目が向けられておらず、防音とは、防音室と建物本体のコラボレーションで成立するものだという意識が希薄なのです。
コストについて
さて本章の最後にコストについて書いておきたいと思います。これについては第1章の「コストについて」という節を設け、そこで次のように述べました。
「しっかりした防音室を作るためには、それ相応のコストがかかるものだということは心に留めておいていただきたいのですが、もちろんそれを基準としつつも、できるだけコストを低く抑える方策は十分に検討すべきですし、努力もすべきです。そしてそのポイントは、やはり建物本体と防音室との関係にあります。このことは第5章で詳しく述べたいと思います。」
このコスト抑制の要諦を一口で言いますと、“遮音性に配慮された防音室を更に高性能にすることは難しいが、遮音性に配慮されていない建物本体を高性能にすることは易しい”ということです。
第2章の「遮音」についてのところで、近隣に対する遮音性能は、防音室と建物本体の遮音性能の和であることを述べました。防音室の遮音性能が35㏈であり、建物本体の遮音性能が15㏈であるとすると、合計の遮音性能は50㏈になります。これを更に5㏈上げたいとしますと、どちらかの性能を5㏈上げればよいのですが、その場合、35㏈の防音室を5㏈上げて40㏈にするのは難しくてコストもかかりますが、15㏈の防音室を5㏈上げて20㏈にするのは、ずっと易しくてコストもかからないということです。
なぜならば、35㏈の防音室というのは、そもそも高度な遮音措置が施されているので。それを更に5㏈上げるためには、その壁や天井の面密度を約2倍にする必要があります。これはつまり遮音材量を2倍使うということになります。当然コストは大幅にアップします。
しかし15㏈の建築本体の壁というのは、それがそのような低値なのは、元々ほとんど遮音処置が施されていないからなのです。つまり隙間が多かったり、部分的に穴があいていたり(換気口や吸気口)、他との仕切りが不十分であったりということが、往々にしてあります。こういった部位をピンポイントで塞いでやるだけで、簡単にコストもかけずに5㏈くらいはアップできてしまうのです。
ですから全体としての遮音性能を上げるには、まず弱いところに処置をすることが極めて効果的です。
ところが多くの防音室づくりにおいて、この建物本体の遮音性能を向上させるということが全く取り入れられていません。それは結局、前節で書いたように防音業者は自分のテリトリーしか見ていないからです。自分の施工する範囲のことにしか目が向けられておらず、建物本体の弱点を見つけてそれを効果的に強化しようという考えが少しもないからです。
そうではなく、建物本体と防音室の両方を見定めて設計と施工を行っていくことによって、少ない費用で良好な遮音性能を実現することができます。
総合的な設計が大事
以上、この第5章で述べてきたことを要約しますと、良い防音室を作るためには、防音室と建物本体との総合的な設計と施工が大事であるということになります。そのためには、防音室づくりにおいては、防音業者だけでなく、必ず建築の専門家が参加すること。その両者が、お互いの業務のことを理解して相互協力をしていくことが何よりも重要です。
新築建物においては、その設計を設計事務所や工務店だけと進めるのではなく、設計当初から防音工事の専門家も参画させること。既存建物の場合は、防音業者だけに依頼するのではなく、建築工事の専門家も参画させること。そうでないと、防音工事は本当に中途半端でいい加減なものになってしまいます。
実のところ防音業界というのは、たいへんレベルの低い業者なども多い、玉石混交の業界です。
家づくりにしても、音楽ルームづくりにしても、工事がある程度進んでしまってからや、工事が終わってしまってから、「こうすればよかった」とか「あそこに依頼しておけばよかった」とか、後悔の思いに苛まれることほど辛いものはありません。
皆さまがそのような思いをされることなく、「こうしてよかった」「ここに依頼してよかった」と心から思っていただけるような防音室づくりをされますことを、心より願っております。
建築士であり、音響コンサルタントであり、音楽愛好家でもある私と、そしてその意思を具現化するための私どもの設計室の存在価値も、そこにあると思っております。
さて、良い防音室を作るための基礎知識について、その要点はほぼ書き尽くしたと思っています。防音室をつくる目的は、なんといっても音楽を楽しみ、充実した音楽生活をすることにあると思います。次章では、そのことについて、私の実際の音楽活動をご紹介しながら述べてみたいと思います。