第3章 防音室づくりの基礎知識(2)室内音響(その2)

残響時間

 大まかに言って、残響時間が短いとデッドになり、残響時間が長いとライブになります。
 クラシック音楽に詳しい方は、良い音で名高い世界のコンサートホールの残響時間は2秒くらいのものが多いということをご存知かもしれません。その残響時間とは数値的に言うと音源から発せられた音が、その空間において60 db減少するまでの時間を言います。
 例えばグランドピアノの強音は90db くらいですから、その残響がホールの中で30 dbくらいになるまでの時間を残業時間というわけです。30db というと、静かな部屋においてほぼ人間の耳に聞こえなくなる音の大きさです。
 そのことをご存知の音楽ファンの方が、なるほどそうなのか、ではわたしの家に防音室をつくるときも残響時間を2秒にしてもらおうと思われるかもしれません。しかしそれをすると実はとんでもないことになります。なぜなら人間の感覚が良好と感じる残響時間は、その空間の容積によって違ってくるからです。空間の容積と良好な残響時間の関係については古今色々な研究がありますが、どの研究結果にも共通しているのは容積の大きい空間では残響時間が長いのが心地よく、容積の小さい空間では残業時間が短いのが心地よいということです。
 1000人以上が入るコンサートホールでクラシック音楽を演奏した時の残響時間は、大体1.5~2.0秒が心地よく感じます。しかしその空間が小さくなるにしたがって、残業時間も短い方が心地よくなっていき、長すぎるとかえって音が混濁して不快になります。
 では住宅内に作る音楽ルームの残響時間はどれくらいが適当なのでしょうか。例えば10畳の広さで天井の高さが平均3mとすると容積は3.6m×4.5m×3m=約50㎥です。その場合音楽を聴くにあたっての心地よい残響時間は0.5~0.7秒くらいになります。さらに小さい6畳の広さで天井高が2.4mではどうでしょう。この場合は容積が2.7m×3.6m×2.4m=約23㎥になりますから、心地よい残響時間は0.3~0.5秒くらいになります。
 いずれにせよ、住宅に設ける防音室で残響時間が2秒もあると全く聞くに堪えない音響になってしまうということ、部屋の大きさによって最適な残響時間が違うということを知っておいていただきたいと思います。
 さて残響時間を考えるにあたって、もう一つ無視できないことがあります。それはその部屋で鳴らされるのが生の楽器や声楽の音か、それともCDなどに録音された演奏をオーディオ機器で再生した音かということです。生の音はそれ自体に残響は含まれていませんから、部屋において適度な残響を付加してやる必要があります。それをしないと干からびたような、全く生気のないカスカスの音になってしまうからです。
 「防音室を作ったらかえって音が悪くなった」とおっしゃる方のことを前項で述べましたが、それは部屋を吸音しすぎて残響がほとんど無くなってしまったことが原因である可能性が大きいです。音響のことをよくわかっていない工事屋が、吸音をたくさんすれば遮音性が良くなると思い違いをして、部屋の内側に吸音材を張りめぐらしてしまうことがありますが、その場合に上記のような状態になってしまいます。
 さて一方CDなどのオーディオ再生音の場合はどうでしょう。良い音響で名高いウィーンのムジークフェラインザールというホールで録音されたクラシック音楽のCD。それにはこのホールの豊かな残響がきちんと録音されています。従って防音室の残響を付加する必要はほとんどなく、むしろ余計な残業を付加することは有害無益となってしまいます。ですからオーディオリスニングを主な使用目的とする防音室では、残響時間はなるべく短くした方が良いのです。
 では生の楽器も弾くし、オーディオでCDも聴くという場合はどうすればよいのでしょう。その場合は、防音室それ自体の音響は、生の楽器に適した残響時間にしておき、 CDを聴くときは壁面にカーテンを引くことで調節するようにするのが、実際的で効果のある方法です。厚手のカーテンは吸音性がありますから、これを壁面に引いてやると音がデッドになり残響時間が少なくなります。また床がフローリングの場合は、スピーカーの前の床にカーペットを敷いてやるのも効果的です。小さなカーペットでもいいので厚手のものを用意して、生楽器を演奏するときは、くるくる巻いておき、オーディオを聴く時は広げてやれば残業時間を効果的に調節できます。
 このように、残響が豊かなライブに作った部屋を一時的にデッドにするのは、わりと簡単なのですが、逆にデッドに作った部屋をライブにすることはかなり難しく、また仮にやったとしても安っぽい残響音になってしまいがちなので、生楽器とオーディオのどちらも楽しまれる場合は、防音室自体の工事においてはライブ気味にしておき、必要に応じてカーテンやカーペット、あるいは次節でとりあげる家具や備品で調整するのが良いと思います。

 

周波数特性

 残響時間と共に、部屋の音質を決めるものが周波数特性です。音は空気などの振動ですが、周波数とは音の1秒間あたりの振動数で、Hz(ヘルツ)という単位で表します。人間の耳は、たいへん耳の良い人で20~20000Hzの振動を音として知覚できると言われていますが、普通の耳の人では40~17000Hzくらいです。(ちなみに犬や猫は70~45000Hzくらいといわれていますから、人間と比べるとかなり高い音まで聴こえているわけです。)なお、人間においては250Hzくらいまでを低音域、500~2000Hzくらいを中音域、4000Hz以上を高音域と言っています。
 さて周波数特性とは簡単に言うと、その音のどの音域が強くて、どの音域が弱いかということで、部屋の音響においては壁・天井・床による反射音が高音域成分が勝っているか、低音域成分が勝っているかということです。
 大まかにいうと、高音域が勝っているとクリアで明快な音、中・低音域が勝っているとソフトで潤いのある音になります 。これはクライアントの音の好みで決めれば良いことなのですが、やはり極端なのは違和感があり聴き疲れがします。ですので周波数特性に関しては生楽器かCDかにかかわらず、フラットな特性にするのが良いようです。
 ただフラットな特性と一言で言いましてもこれが結構難しいことで、普通に部屋を作ればフラットになるというわけではありません。というのは一般に住宅などで使われている建材は軽くて薄いものが多く、そのようなものは中・高音域はよく反射しますが低音域は少ししか反射しません。なぜならば低音域の音は建材を振動させるエネルギーに変わってしまって反射されてこないからです。そのため最近の住宅のように軽くて薄い建材で作った部屋は、中・高音域の成分が多くキンキンした感じが強くなってしまいます。ですからそうならないように注意することが必要です。
 それなら重くて厚いものならいいのかということで、コンクリート素地のままがいいのではないかということになりますが、そうしますと残響時間が長くなりすぎて不快になります。 残響時間が長すぎないように適度な吸音をしながら、しかも周波数特性をフラットにするというのは結構難しいことなのです。
 そのため防音室の音響調整においては、吸音材と反射材を組み合わせて使用します。それによって両方で補い合い、部屋全体として良好な周波数特性になるようにするわけです。
 このあたりのテクニックは、実のところとても数量化できるようなものではなく、防音設計家や工事者の経験と勘による部分がとても大きいのです。部屋の広さ、天井の高さや形状、奏でる楽器の種類、クライアントの好みの音楽の種類と好みの音質、このような色々な要素を勘案してそれを実現するように持っていく、これが防音設計家と工事者の技です。そのためにはやはり設計家や工事者が、単に音響的なことだけでなく、ましてや建築工事的なことだけでなく、音楽や楽器 について、その芸術性まで含めた幅広い知識と経験を持っていることが不可欠なのです。それでこそクライアントにとって満足できる音響の防音室ができるというものです。

 

家具や備品などの影響

 さて、ここまで室内音響の重要な要素として残響時間と周波数特性について述べてきましたが、良好な室内音響を考えるにあたって決して無視できないもの、それが音楽ルーム内に置かれる家具や備品です。ソファー、テーブルと椅子などの家具、楽器、オーディオ機器、本棚、カーテンやカーペットなどの備品がそれにあたります。これらは室内の音響にかなりの影響を与えます。なお人体も室内音響を考える上においては(変な言い方ですが)備品の一つです。人が一人だけの時と4、5人のと時と、音はかなり変わります。
 基本的には、これらの家具や備品は、人体も含めて吸音材として働くことが多いので、これらが多ければ多いほど部屋はデッドになります。またこれらの物品に当たった音は大抵の場合ランダム方向に反射しますから、音を拡散する効果もあります。ですから一般的に防音室が出来上がった直後の何もない状態で楽器を弾いたりオーディオを聴いたりした時は、ライブ感が強くてちょっときつく聞こえたとしても、家具や備品が入ると ちょうど良くなることが多いです。というよりも、それを見越して設計者や工事者は部屋の音響設計や施工をするんですけどね。

 

防音室もエイジング?

 ところで、出来上がった直後はちょっときつい音と感じたのに、しばらくしたらちょうどいい感じの音になりました、とおっしゃるクライアントがよくおられて、防音室もエイジングってことがあるんですか、と聞かれることがあります。
 エイジングとは、よくオーディオのスピーカーなどで言われることで、新品で買った直後は硬い音だったのに、しばらくすると柔らか味が出てきて良い音になってくるという現象です。それは、使い込むに従ってスピーカーのコーンが柔らかくなってきて振動がスムーズになり、そのため柔らかい音が出るようになるということだと思います。また、このようなことはピアノやヴァイオリンやギターのような木製素材を使った楽器にも生じると思います。
 防音室の場合もそのようなことがあるかと言うと、実はほとんどないと私は思います。むしろ家具や備品がだんだん増えてくることが、室内音響に良い影響を及ぼしていくのだと思っています。
 ただ、防音室自体においてもエイジングに近いことが起こると考えられることが一つあります。それは壁の仕上げに関することです。当設計室で作る防音室の壁の吸音部分は、特殊ロックウール板を下地として施工し、その上にクロスを貼って仕上げることが多いのですが、この特殊ロッククール板というのは比較的柔らかい繊維質のもので、表面に微細な穴が無数に開いていて、これによって音を吸音します。
 これにクロスを貼るのですが、それには水性の接着剤を使います。それは、まあ言わば木工ボンドを水で薄めたようなものです。そうしますと、クロスを貼った時にその接着剤がクロスと特殊ロックウール板の間に水の膜を作り、一部は微細な穴にも浸透します。これは一定期間後には乾燥して水の膜は無くなるのですが、それまでは水の膜があるために音(特に高音域の音)がロックウール板の微細な穴に入り込むことができません。そのために十分な吸音性がない状態になっています。その時に部屋へ入って楽器の試し弾きをしたりオーディオの試聴をしたりすると、音が硬く感じるのです。ところが一定期間がたって乾燥していくにつれて、音は微細な穴にも入り込めるようになるので本来の吸音性を発揮するようになります。それをエイジングと感じられるのではないかと思います。
 ちょっと余談的にもなりましたが、室内音響というのはいろいろな要素によって変化するものです。それは言い換えれば防音室が完成したあとも、実際に楽器を弾いたりオーディを鳴らしたりして音を確かめながら音響を調整していくことが可能だということです。もちろんそれは基本的なセオリーを着実におさえた設計と施工が行われていることが前提ですが、それさえきちんと行われていれば、完成後もますます良い音にしていくことが可能だということです。そしてそれが防音室の楽しみでもあります。大いに楽しんでいただきたいと思います。

 

 それでは防音室のある暮らしをより豊かで快適なものにしていく要素として、次章ではデザインと環境について書いていきたいと思います。