第3章 防音室づくりの基礎知識(2)室内音響(前編)

 さてここから室内音響について述べていくことになりますが、先ず明確にしておかなければならないことは、前章で述べた「遮音」とこの章で述べる「室内音響」とは全く別の概念であるということです。なぜならば「遮音」とは純粋に技術的なことであり、正しいスキルを持った技術者が間違いのない施工をすれば、一定レベルの性能を確保することは可能です。しかし「室内音響」は技術であるとともに芸術的な要素があり、むしろそれが第一に問われることになります。このことが両者の大きな違いです。したがって「遮音」と「室内音響」とは、全く異なる概念として考えるべきであり、防音室をつくりにあたっては、これらを混同して一緒くたにしてしまってはいけません。
 以前、あるピアノ教室の先生をしている方がご相談に来られたときに、その方がお友達(この方も音楽家)に防音室を作ろうと思っていることを話したところ、そのお友達から「防音室なんでだめよ、そんなの作るとかえって音がわるくなるから」と言われたという話を聞いたことがあります。また実際、私の設計室に相談に来られた方の中にも、地元の業者に依頼して防音室を作ったところ、近所に対する音漏れは確かに小さくなったけれど、その中で奏でる楽器の音が悪くて、なんとかすることはできないだろうかというお悩みをお持ちの方がけっこう多いのです。
 なぜこのようなことになるのか、なぜ「防音室をつくるとかえって音が悪くなる」などと言われてしまうようなことがあるのかというと、防音室をつくるにあたって、「室内音響」のことがきちんと考慮されていないからです。防音業者の中には、近隣に対する遮音をすることが防音室づくりだと考えていて、内部での音の響きに対して無頓着であったり全く考えていなかったりすることが少なくありません。それでは“音楽する場”としての防音室はできません。
 したがって防音室をつくる施工者は、本当は音楽についての知識と感受性など、芸術性を感得する能力というものを必ず持っていなければなりません。具体的に言えばスタインウェイとヤマハの音の違い(注1)、あるいはモーツァルトのピアノソナタとショパンのエチュードの響きの違いくらいは、わかっている必要があるということです。
 こういったことは、音楽という芸術を奏でる部屋をつくるに当たっては、考えてみれば当然のことなのですが、施工者だけでなく音楽の専門家であるはずのクライアントの方々も、えてして忘れがちになることです。ですから防音室をつくれば、かならずしも良い音の部屋ができあがるというわけではありません。良い音の部屋をつくるという意思と感性と能力があって、はじめてそれは実現するのだということを忘れないでいただきたいと思います。
 以上のことが、良い音の防音室、音楽を奏でるにふさわしい防音室をつくる上での大前提です。そのことをについて読者の皆様と共通の認識を持った上で、「室内音響」ということについて述べていきたいと思います。

 

(注1)どちらのブランドが優れているかということではありません。広いコンサート会場ではなく住宅内に設ける音楽室のような空間では、高名な外国製のピアノよりも、むしろ日本製の小型グランドピアノの方がそれに相応しい音質で作られていると感じることも多いです。

 

室内音響調整の基本方針

 先に書きましたように「遮音」と「室内音響」は別概念ですので、これらを混同してはいけません。したがって実際の防音室工事においても、これらは明確に分けて行うべきです。
 まず遮音工事をしっかりと行い、それが完了した後で室内音響調整の工事に入ります。遮音工事が完了した時点では防音室の内面はすべて音を反射する材料でできています。すなわち天井・壁は数層のプラスターボード、床は厚手の構造用合板またはコンクリートなどです。
 この状態で内部でピアノなどの楽器を弾いたりしますと、大変反響が大きくきつい音になり聞くに堪えません。従ってこれを良好な室内音響に調整していくことが必要になるわけです。そのための方法は、吸音性材料と反射性(非吸音性)材料を状況に合わせて適宜配分して施工していくことによって行います。
 これをその空間の広さや形状、そこで奏する楽器の種類(またはオーディオ)や音楽の種類などを考慮した上でバランスの良い美しい響きにしていきます。
 さて良好な音の防音室を作るためには、その空間の広さと形状が大きなウエイトを占めますが、それには三つのセオリーがあります。

 

部屋の容積(第一セオリー)

 その空間において、どれくらいの吸音と反射のバランスにするかを決める要素として最も重要なのは、その空間の広さ・高さ・形状です。通常、小さい空間においては 吸音性を上げて反射性を抑え、大きな空間の場合は吸音性を下げて反射音を生かしていきます。
 空間の大きさというものを考える時、一般的にはその部屋の容積で判断します。すなわち部屋の床面積×天井の高さ=部屋の容積です。例えば10畳の部屋ですと床面積は3.6 M× 4.5 M= 約16uです。そして天井高が2.6 M としますと、容積は16×2.6=約42?(立方メートル)ということになります。これが大きいほど音は伸びやかになり、聴き疲れのしない音になっていきます。

 

最小寸法(第2セオリー)

 ただし室内音響を考えるとき、単に部屋の容積だけで決められるものではありません。もう一つ大切なのは、縦・横・高さの内の一番小さい値です。これによって部屋の音響が大きな影響を受けます。
 そこで一つ具体的な例で考えてみましょう。今、既存の住宅があって、その中の一つの部屋を防音室にするということにします。防音する前(既存のまま)の寸法(内寸)を間口3.0m、奥行3.5m で(7畳くらい) 、天井高2.4mとしましょう。これを防音室に改造すると、新たに防音壁・防音天井・防音床を設けることによって、実質の内部寸法は間口2.7 m、 奥行3.2 m、 天井高2.2 m くらいになります。(図6参照)
 このうち一番小さな値は天井高の2.2mですね。私のこれまでの経験では、この一番小さい値の分岐点は2.4mと考えています。これ以下では決してダメということはないのですが、どうしても音に圧迫感というか窮屈さが感じられてしまします。しかしこの値が2.4m以上になると、それがあまり気にならなくなります。ですのでこの例でまず考えるべきことは天井高を2.4m以上にできないかということです。そのためにはどうすれば良いかというと二つの方法が考えられます。
 一つは現在の天井を取り払って、現在よりも20センチ上に新たな天井を作り直すこと、もう一つは現在の床を取り払って 現在よりも20センチ下に新たな床を作り直すことです。これらの内、どちらか可能な方法で天井高2.4m が確保できるようにします。その後に防音工事を行っていきます。
 これをすることは建築本体に一部手を加えることになりますので、建築構造についての知識のある業者でないとできません。その知識のない防音業者は、建築本体に何も手を加えることをせず、そのまま防音工事を行なうので、天井高2.1 m の防音室を作ってしまいます。そういった業者の作った防音室の音が良くない(伸びやかさに欠け、圧迫感があったり硬い音がする)のはそのためです。
 ですから部屋の縦・横・高さのいずれもが2.4 M 以上になるようにすること、これが良い音の防音室を作るための第二のセオリーです。そしてできれば2.4m に満足することなく、なるべく大きな寸法となるように工夫していくこと、それによって音はどんどん良くなっていきます。

 

形状(第3セオリー)

 

 さて図7と図8のようなふたつの防音室を考えてみましょう。これはどちらも床面先は同じで、天井の高さの平均値は同じですので、容積も同じです。そして最小寸法も2.4mを確保しています。しかし音は図8の方が断然良くなります。なぜかと言うと床と天井が平行面でないので音がよく拡散するからです。
 部屋が平行面ばかりで構成されていると、音が行ったり来たりして(これを定在波と言います)拡散性が不十分になり、ある特定の音が妙に強調されたりして周波数特性の均一さが失われます。音楽ホールなどで天井が湾曲したりしているのは拡散性を確保するためです。昔のホールは天井と床が平行であることも多いのですが、その場合は色々な彫刻など立体性のある装飾を施すことによって音を拡散するように工夫がされています。それらは単なる飾り物ではありません。
 住宅の音楽室でもこの拡散性を確保することは、良い音づくりに有効です。それは左右の壁や前後の壁を斜めにするということでもいいのですが、そうしますと部屋の実質面積が小さくなったり使いにくかったり、施工が難しくなり構造上脆弱になったりするというマイナス面が生じてまいます。その点、天井を斜めにすることはそういうマイナス面がないので是非とも取り入れられることをおすすめします。
 ただし注意すべき点があります。それは以下の二つのケースです。図9 は斜めの天井が同じ角度となっていますが、その場合、図のように定在波が発生するからです。従ってそれを避けるために図8 のように角度を変えます。また、一番悪いのは図10のように 天井をアーチ型にすることです。よく天井をアーチ型にしたら響きが良くなると思っておられる方がいるのですが、それは間違いです。図のように極めて密集した定在波が発生し音の焦点が生じます。アーチ型天井というのは音楽空間としては最悪の形状ですので、間違ってもしないようにしてください。(もし防音業者でアーチ型の天井などを提案するような人がありましたら、その人は音響設計の知識がゼロとみなしたほうがいいです)

 

(注)アーチ型にしても問題ない場合もあります。それが図11のような場合で、例えば教会堂のように部屋の幅に対して天井がきわめて高い場合です。しかしこのようなケースは一般住宅ではほとんどありえないと思います)

 

デッドかライブか、そして音質は

 

 部屋の広さ・高さ・形状が決まりますと、そこで鳴る音をどのような音にするかを考えます。部屋の音を表すのによく「デッドな部屋」とか「ライブな部屋」という言い方をします。「デッド」というのは吸音性が高くて音があまり響かない状態です。「ライブ」というのは反射性が高くて音が良く響く状態です。
 一方音質というのは、その部屋における音がクリアーで明快な感じか、あるいはソフトで潤いのある感じかということです。つまり図12のようにライブかデッドか、ソフトかクリアーかということを考えていきます。
 これらは抽象的な表現ですが、具体的には残響時間と周波数特性ということになります。