第2章 防音室づくりの基礎知識(1)遮音(その2)

遮音のための5つの原則

1)重くする

 そもそも音とは空気の振動です。部屋の内側で発生した音が外へ伝わっていくのは、音が壁体を振動させ、その振動した壁体が外側の空気を振動させて再び音になるからです。ですから、その壁体が振動しにくければ、音は伝わりにくくなります。そしてその壁体は重いほど振動しにくいのです。したがって壁体は重いほど遮音性能が高いということになります。
 壁体を重くするためには、先ず考えられることは厚さを大きくすることです。5cmよりも10cm、10cmよりも20cmと厚くしていくにしたがって、遮音性能は上がります。しかし壁体を厚くすると、それだけ部屋の寸法が小さくなり、天井の高さも低くなってきます。つまりそれだけ部屋の容積が小さくなってくるのですが、次章の「室内音響」のところで述べますが、音の良さというのは部屋の容積が大きいほど良くなります。そのため壁体を厚くするのは、室内音響の点からはマイナス要因となってしまいます。ですので、壁体の厚さはなるべく薄くしておきたいので、使用する材料は密度の高いもの、すなわち同じ厚さでもなるべく重い材料を使うようにするほうが望ましいのです。
 その点、コンクリートや石などは材料としては良いのですが、防音室内部の壁体をそれらの材料を使って作ろうとすると、扱いや施工が難しかったり、高額になってしまったりしてデメリットが大きいので、一般によく使用されるのは石膏ボード(プラスターボード)です。これは1枚9mmから15mm程度の扱いやすい建材ですが、重さが適度にあり、数枚を重ねて使用することにより、6センチくらいの厚さで約30 dBの遮音性能を確保することができます。

 

2)二重にする

 一枚壁よりも二重壁の方が遮音性が上がるということは、感覚的にわかると思いますが、ひとつ注意しておきたいのは、ここで「二重にする」という意味は、【図3】の左のように2枚の物を貼り合わせるという意味ではありません。そうではなく【図3】の右のように、2枚のものを間隔を空けて設けることをいいます。それによって遮音性能は飛躍的に向上します。ですから防音室づくりにおいては、建物本体の壁と防音壁を密着させるのではなく、間隔を空けて、つまり空気層を介して設置します。
 単に貼り合わせるのと、間に空気層を設けるのとでは、同じ二重にするということでもどれくらい性能的に違うのかは、次の「(3)縁を切る」で述べます。

 

3)縁を切る

 「縁を切る」というのは、ちょっと変わった言い方だと思われるかもしれませんが、建築工事ではよく使う言葉です。これは二つの部材同士が互いに影響を与え合わないように取り付けることをいいます。
 (2)で「二重にする」ということを述べた時に、それは二つのものを貼り合わせるのではなく、間隔を空けて設けることであると言いました。そして、その場合においても、その両者が互いに影響を与え合わないようにすることが重要なのです。
 たとえば【図4】を見てください。Aという部材とBという部材があって、それが空気層を介して間隔を空けて立っているとしましょう。その時にその間にCという部材があるとしますと、Aが振動すると、それがCに伝わり、それを介してBに伝わってしまいます。このCを無くしてAとBとがそれぞれ完全に独立した状態にすることをAとBの「縁を切る」といいます。電気で「絶縁する」という言葉がありますね。それと同じような感覚です。
 防音室の場合、建築本体と防音壁体は音響的に縁を切らないといけません。ですので【図5】のように、建物本体と防音壁体は数センチの間を空けて設置します。縁を切るという意味では、理想的なのは両者が全くつながったところがない状態にあることなのですが、そうするには防音壁体を何の支えも無しに宙に浮かすことになってしまいます。そのようなことは現実的には不可能ですので、建築本体と防音壁体は何らかの部材(【図4】のCに該当するもの)で繋がなければなりません。そこで構造上の力は伝達しても音(つまり振動)は伝達しない防振部材を用いてつなぎます。電気でいえば絶縁材のような役割の物です。
 ですから厳密にいうと完全に縁が切れていないので、設計する際には若干の音響的なロスがあるものとみなします。ですから30 dB音を小さくするためには、少し余裕を見て35 dBの遮音性能のある壁体とします。つまりトータルで70dB減衰させるために、防音壁体35d-ロス5dB+当家の外壁20 dB+隣家の外壁20 dB=70 dBという想定で設計するのです。
 このように20dBの壁(建物本体の壁)と35dBの壁(防音壁体)が数センチの間隔をとって分離して設置されていれば、取付部材のロスをみても50 dBの遮音性能が見込めますが、もし両方が貼り付けられて密着していると遮音性能は殆どアップしません。すなわち35 dB止まりなのです。つまり間隔を空けて設置することによって遮音性能が大きく向上するのです。
 音響のことをあまり知らない設計士や建築業者は、「縁を切る」ことの絶大な効果を知らず、建築本体の壁に直接遮音材(プラスターボードや遮音シートなど)を適当に打ち付けて、それで遮音が良くなると思っていますが、そのような施工方法では、実は殆ど効果はありません。

 

4)隙間を無くす

 音というものは、ちょっとした隙間からも侵入してきます。このことについても音響のことをあまり知らない設計士や建築業者は甘く見ていて、ちょっとくらいの隙間なら大丈夫だろうと考えている人が多いようです。
 特に見逃しがちなのが、換気扇です。現在の建築法規では居室(居住・執務・作業など目的のために継続的に使用する室)には換気扇を設けることが義務付けられています。防音室も居室ですから換気扇を設けなければなりませんが、換気扇とは室内の空気を室外に排出する装置ですから、どうしてもその部分で内と外はつながってしまいます。すなわち隙間であり、それもけっこう大きな隙間なのです。それが遮音上の盲点となることがしばしばあるので、換気扇については防音ダクトを併設するなどの対策が不可欠です。
 こういった隙間のことが軽視されがちなのは、音を光と同じくらいのものだとうと思ってしまう人が多いのが原因かもしれません。換気扇から光が漏れているのをあまり気にしたことはないと思います。ですから音もたいして漏れないだろうという感覚を持ってしまうのです。しかしそれは間違いです。音は光以上に少しの隙間からも侵入漏出し、遮音性能に大きな影響を及ぼします。換気扇だけでなく、ドアや窓の周囲やエアコンの配管まわりなどについても、隙間を生じさせないような入念な施工を行うことは、とても大事なことです。

 

5)振動を抑える

 音源から発するのは音のほかに振動もあります。たとえばピアノを弾くと、そこで音が発生すると同時に楽器自体が振動し、それがピアノの脚を通じて床に伝わり床自体も振動することになります。同様のことが、エレクトーンなどの鍵盤楽器やチェロやコントラバスのように床で支える楽器、あるいはオーディオのスピーカーなど床に置く音源によって生じます。
 このような振動は見落とされがちなのですが、遮音性能を損ねる原因になります。よくマンションなどで、上階や隣戸の人の話し声は全く聞こえないのに、歩く音や、ちょっとした壁をたたく音が、たいへん大きく聞こえることがあります。それと同様の現象です。
 ですから、このような音源の振動を防音室の床に伝えないようにすることも遮音性の向上に効果があります。ピアノの脚やスピーカーの底面と床との間に防振性能のあるインシュレーターをかませるなどの対策を行なって、音源自体の振動が床に伝わるのを抑えるなどの方法があります。

 

 以上、述べてきました「重くする」「二重にする」「縁を切る」「隙間を無くす」「振動を抑える」という5つの基本原則にもとづき、どれもおろそかにすることなく適確な設計と工事をおこなうことによって、良好な遮音性能の防音室をつくることができます。

 

建物本体の性能

 さて「70dB減衰の内訳,」で述べましたように、それには建物本体の遮音性能というものを見込んでいますので、トータルな遮音性能70 dBという目標を実現するためには、これも重要な要素です。最近の住宅は外壁やサッシュの気密性に留意したものも多くなってきており、20 dB程度の遮音性能を有しているものが多いですが、古い建物や低仕様の建売住宅などには15dB程度のものも少なくありません。
 そのような場合、防音壁体の遮音性能を上げてやることが必要なのでしょうか。たしかに防音壁体の方を40 dBの性能にすれば計算上のつじつまは合うのですが、実は防音壁体を35 dBから40 dBに上げてやるのは、かなりたいへんなことでコストもかかります。それよりも建物本体の遮音性能を5 dB上げてやるほうが、ずっと簡単で費用も少なくてすみます。
 ところが防音工事屋の中には、建築本体のことに疎く、建物本体の遮音性能を上げることにまで考えが及ばない業者も少なくありません。トータルとして良好な遮音性能を実現するためには、建物本体の性能にも十分留意することが必要で、またそのことが効果的に遮音性能を向上させることにもつながります。

 

建物の間取り

 ここまで、遮音についていろいろ述べてきましたが、遮音とは要するに、楽器などの音源により室内で発生した音が、近隣の住居にいる人の耳に達するまでに、いかに小さくするかということです。ですから家のどの場所に防音室を設けるかということが、大きく影響してくるわけで、影響が及びそうな近隣住居とできるだけ離れた位置に防音室をつくるようにすれば、当然問題の発生を抑えることができます。
 また、防音室が外に面している部分が多いと、当然のことながら近隣に対する影響も大きくなります。防音室を他の部屋が囲んでいるような設計にすると、近隣に対する音の伝達を小さくすることができます。既存住宅に防音室をつくる場合は、なかなか思い通りにいかないかもしれませんが、新築住宅の場合は全体の間取りを考える基本設計の段階において配慮しておくと、良い結果になります。特に近隣の住宅と近接している場合は、できれば隣家の間取りも考慮に入れて防音室の位置を検討することも良いことです。
 このように、単に防音室の仕様や造りといったことだけを考えるのではなく、家全体の間取りや近隣の状況も含めた、トータルな設計という視点を常に持って設計と工事を行っていくことが、良好な遮音性能を実現するためにとても大切なことです。