第2章 防音室づくりの基礎知識(1)遮音(その1)

 ここから防音室をつくるための「音」についての基礎知識を述べていきたいと思います。

 

「防音室」という言葉

 これまで音楽をする専用室のことを言うのに「防音室」という言葉を何度も使ってきましたが、防音とはどういうことでしょうか。思う存分に音を出して楽しむことを目的とする部屋なのに「音を防ぐ」というのは、考えてみたらちょっとおかしな言い回しですよね。ですから私は「防音室」という言い方はネガティブな感じがしてあまり好きではなくて「音楽室」と言いたいのですが、世間では音楽するために一定の性能を有するように作られた部屋を「防音室」と呼ぶのが一般的なので、一応それに従って話を進めていきたいと思います。

 

「遮音」と「吸音」

 さて、音楽家や音楽愛好家の方が、ご自宅に防音室をつくりたいという場合、その目的の第一は、夜間などに楽器を演奏してもご近所に迷惑にならないようにしたい、ということである場合が多いと思います。つまり防音室を作り、その中でピアノなどの楽器の演奏を行うことによって、その音がご近所にまで届かないように遮る(さえぎる)ことで、それを「遮音」と言います。
 ところで、音響のことを語るときに、「遮音」という言葉とともに、よく使われる言葉に「吸音」があります。よく「遮音」と「吸音」を混同して、吸音すれば遮音になると思っている人がいます。これは一般の方だけではなく、建築関係の者でもそのように勘違いしている人がいて、壁の表面に吸音材を貼ったり、壁の内部に吸音材を詰め込めば遮音性能が上がると考えていたりします。もし皆さんが建築業者に遮音の相談をしたときに「それでは吸音材を壁に貼りましょう」とか「壁の内部にグラスウールを詰め込みましょう」などと言う返事が返ってくれば、そのような業者は音響知識ゼロですので、決して依頼してはいけません。逆に言えば、皆さんの方から「遮音をしたいんですが、壁に吸音材を詰めればどうでしょう」とカマを掛けてみたらおもしろいです。「わかりました」と言うような業者がいたら、すぐお断りしてください。
 つまり吸音材はそれだけでは遮音にはほとんど効果がありません。(遮音材と組み合わせて使用したときに補助的な役割をすることはありますが。)このことをよく認識して間違えないようにしてください。

 

何に対して遮音するか

 次に考えておくべきことは、何に対して遮音するかということです。もちろん防音室は楽器やオーディオ機器か発生した音を遮音するということが主目的であることは間違いありませんが、家の近くに交通量の多い道路があったり、鉄道の線路があったり、あるいは飛行機の空路の下であったりして、交通騒音がある場合に、それが音楽をする部屋に入ってこないようにすることも「遮音」です。
 一般的には、室内で発生した音が外に漏れないように遮音工事をすれば、それに伴って外の騒音も室内に入ってこないようになるのですが、もし外部の騒音がかなり大きく、かつ振動を伴うような場合は、楽器音を遮音するのとは少し違う方法で対処する必要があります。
 また、防音室を作ろうという方は、えてしてご近所に対する遮音だけを考えがちなのですが、もう一つよく考えておくべきことは、家の中の他の部屋に対して遮音する必要はないかということです。たとえばピアノの音などが、子供の部屋やご主人の書斎などに漏れて、勉強や仕事の妨げにならないかというようなことです。このことをわりと軽く考えておられる方が多いのですが、ほんとうは家の中の他の部屋に対する遮音は、ご近所の家に対する遮音よりもずっと難しいのです。特に防音室に隣接する部屋に対して音の伝達を止めることは、その境をコンクリート造りなどにしない限り難しく、むしろそれら部屋同士をできるだけ遠くに離すなどの、建築本体の間取り設計から考えていかなければならない場合が多いからです。
 このように、音楽をするための防音室を作るに際しては、先ず何に対して遮音するのかということを明確にしておくことが、たいへん大事でなことなのです。

 

音源の種類

 さて次に明確にしておくべきことは、音源の種類です。すなわち、防音室を作ってその中で発生する音源が、ピアノなのか、弦楽器なのか、木管楽器なのか、金管楽器なのか、声楽か、打楽器か、エレクトーンやエレキギターなどの電子楽器なのか、あるいはオーディオの音なのか。またどれくらいの数の楽器を同時に演奏することがあるのかといったことです。
 これらを想定しておく必要があるのは、楽器によって出る音の音質(周波数特性)に違いがあり、また音の伝わり方にも違いがあるからです。たとえば同じ鍵盤楽器でも、ピアノとエレクトーンでは、発生する音の周波数特性が異なります。もちろん機種や演奏する曲によっても出る音は違いますが、一般的にはピアノよりもエレクトーンの方が低音が強調される性質があり、そのため低音域の遮音を重視しておく必要があります。(グランドピアノの音は、中音域が豊かなのでゴージャス感がありますが、低音域はエレクトーンの方が強いのです。)
 また音の伝わり方という点では、ピアノのように床に置く楽器はその響きが直接床に伝わりますが、ヴァイオリンなどの弦楽器や、フルート、クラリネット、トランペットなどの管楽器は、人が腕に持って演奏するので響きは床には伝わりません。さらに、同じピアノでもグランドピアノは音が床にむかって放射されますが、アップライトピアノでは壁に向かって放射されます。
 このように楽器によって違いがあるので、防音室の設計をするときは、どのような楽器が演奏されるのかを想定して、その音響特性にあった効果的な遮音ができるように留意しておく必要があります。

 

「デシベル」という数値

 さてここからは、すこし物理的な話になるのですが、皆さんは「デシベル」という言葉を聴いたことがありますか。たとえば、このピアノの音は90デシベルであるとか言います。このデシベルというのは、音の強さの単位で、dB と書きます。
 物理的あるいは数学的な難しいことは、一般のかたはあまり知る必要はありませんが、音の話をするときの常識として基本的なことを知っておくと、皆さんが防音室をつくる際に業者と話をするときに意思疎通がしやすくなりますので、以下に述べることくらいは知っておかれると便利で役に立つと思います。

 

dB(A)とdB(C)

 ところで、dBの値にも2種類あるのをご存知でしょうか。たとえば音の強さを測る機器として「騒音計(サウンドレベルメーター)」というものがあります。昔は数十万円もするたいへん高額な機器でプロの技術者しか使えないようなものだったのですが、デジタル化が進んだ現在では1万円程度でもそこそこ役に立つ物が手に入るようになりました。その騒音計を見ますと、dB(A)とdB(C)の切り替えスイッチがついています。
 これはなぜそのようなスイッチがあるかというと、人間の耳は音の高さ(周波数)に対して特性を持っているからです。人間の耳は低音は20Hzから高音は20000Hzまで聴こえると言われていますが、周波数帯域によって感度に違いがあるのです。おおまかにいうと中音域(1000Hzくらい)から上の音に対してはほぼ均等な感度をもっていますが、中音域から低音域にいくにしたがって感度が低くなってきます。したがって物理的には同じ強さの音であっても、中高音域の音に対して低音域の音は小さく感じます。ですので物理的な音の強さを測った数値は、実際に人間の耳に聴こえる音の強さと違いが生じてしまいます。それで人間の耳の特性に合うように補正した数値をdB(A)で表します。(dB(C)というのは、物理的な音の強さそのままの数値です。)
 ですので一般的に音の強さを言う時はdB(A)を使います。そのほうが人間の感覚に合っているからです。そのことを覚えておいてください。そしてもし皆さんが騒音計を手にして音の強さを測る機会がありましたら、必ず切り替えスイッチをdB(A)の方にして測るようにしてください。

 

(注)なお本書においては、煩雑さを避けるために、以下ではdB(A)を単にdBと表記します。

 

有意な音と無意な音

 さてそれではこのdBという数値を用いて、防音室は、どれくらいの遮音性能があればいいのかを述べていきたいのですが、その前にもう一つ、音には「有意な音」と「無意な音」とがあるということを述べておきたいと思います。
 「有意な音」というのは、それを聴く人にとって意味のある音(内容のある音)ということです。たとえば話し声は、単なる音ではなく、意味(内容)を持っています。音楽も有意な音です。また時計の音のように同じリズムを刻む音も有意な音です。
 それに対して「無意な音」とは意味(内容)を持っていない単なる音のことです。たとえば風が吹いたり雨が降っている音、川の流れの音、あるいは電車に乗っている時の音、などが無意の音です。
 皆さんが電車に乗っているとき、もし騒音計で測ってみれば電車の中はけっこう大きな走行音がしているのです。でも電車の中で寝ることってできますよね。ところが隣に座った人がウオークマンを取り出して音楽を聴き始めて、その音がイヤホンから漏れて聞こえてきたらどうでしょう。とたんに眠れなくなってイライラしてしまうと思います。イヤホンから漏れ出している音というのは、騒音計で測ってみてもほとんど感知しないほどの小さな音なのです。それなのに電車の走行音では眠れて、イヤホンから漏れる音では眠れずイライラしてしまうのはなぜなのでしょう。それはもうお分かりですよね、電車の走行音は無意の音なのに、イヤホンからの音は有意の音だからです。
 このことは防音室を作る上において、たいへん重要なことです。すなわち防音室を作ってご近所に迷惑をかけないように、またクレームを言われないようにしようとして、ご近所の人の耳に達する音がかなり小さくなったとしても、それが有意な音として聴こえている限りは、迷惑やイライラを感じさせるものになるということです。ですから、逆に言えば、防音室で奏でている音が、隣近所の人の耳には無為の音にしか聞こえなくなるくらい(なんとなく楽器の音がするようだがリズムやメロディーはわからないという感じ)まで小さくするようにすれば迷惑感やクレームはほぼ防げるということです。防音を考えるときは、単に数値上のことだけでなく、このような心理上のことにも留意しておくことが大切です。

 

目指す遮音性能

 さて以上のことを踏まえて、防音室の遮音性能はどれくらいあればよいのかということを考えて行きましょう。ただし以下に述べることは、私どもの設計室で行っている考え方なので、他の防音業者などでは違うかもしれません。特に、防音について十分な知識を有しない半素人の建築業者などが行う防音工事?は、以下に述べる水準には全く達していない場合が多いので、ご注意ください。

 

 まず、私たちの身の回りの音の強さはどれくらいなのかを【表1】に示しました。これで、どれくらいの音が、どれくらいのdB値なのかという大体の感じがつかめると思います。
表でご覧のように、室内の騒音が40dBを超えると睡眠が妨げられます。個人差を考慮すると35dBくらいを目標とすべきでしょう。ですからこちら側でグランドピアノを弾いた場合、隣家の寝室でそれが35dBくらいまで小さくなればOKだ・・・と思われるかもしれません。しかしここで有意な音と無意な音ということを考慮しなければなりません。上記の睡眠が妨げられない35dBというのは、無意な音の場合なのです。ピアノの音は有意な音なので、そのことを考慮すると更に10㏈くらい小さくする必要があります。すなわち25dBくらいにするということです。グランドピアノの音は最大で95dBくらいですので、それを25 dBにまで下げるということになると、70 dB小さくするということになります。

 

音の強さとデシベル値

 さてそれでは95 dBの音と25dBとは、いったいどれくらい音の強さ(エネルギー)が違うのでしょうか。95は25の約4倍ですから4対1くらいの違いでしょうか。いえ、それがそうではないのです。dBという単位は対数なので、その数値の比が実際の音の強さの比ではありません。
 たとえば70dBの大きさの声で歌を唄う人がいたとします。それでは70dBの声の人が10人集まって合唱したら、どれだけのdB値になるでしょう。70dBが10人だから、70×10=700 dBですか?ちょっと待ってください。【表1】で示したようにジェット機の離陸音でも130 dBなのですから、10人の合唱が700 dBなんてことはありえないですよね。正解は80dBなんです。先程も言いましたようにdBという数値は対数なので、強さが10倍になると数値は10dB上がります。10倍になると10dB上がるのですから、その10倍の100人で合唱すると更に10dB上がって90dB、1000人だと100dBということになるわけです。
 さて音の強さが10倍になると10 dB上がるということは、逆に言うと10 dB下げるということは音の強さを10分の1にするということです。そうるすと、20 dB下げるには音の強さは100分の1に、30 dB下げるには音の強さは1000分の1にすることになるわけです。
 さてそれでは前節のように防音室づくりにおいて95dBの音を25dBにすること、すなわり70dB下げるためには、音の強さをどれくらいにしたらいいのでしょうか。30dB下げるには音の強さは1000分の1、40dB下げるには1万分の1、50dB下げるには10万分の1、60dB下げるには100万分の1、なんと70dB下げるには1000万分の1にすることなのです。
 つまり1000万人の超々大合唱を、たった1人の歌声にまで小さくすること、それが70dB下げるということなのです。このように考えると防音工事というものが、いかにたいへんなことなのかということが分かっていただけましたでしょうか。

 

 それでは次にどのようにして音を1000万分の1に減衰させていくのかについて述べていくことにいたしましょう。

 

70dB減衰の内訳

 防音室づくりにおいては、グランドピアノなどの音源から発生した音を、隣家に居住している人の耳に届くまでに70dB小さくする(減衰させる)ことを目指すわけですが、防音室をつくる前の状態、すなわち一般の住宅のそのままの状態でも全く遮音性能が無いわけではなく、ある程度の遮音力はあります。一般に木造住宅では、その外壁の遮音力は20㏈くらいです。【図1】のように、住居Aの内部で発生したピアノの音は、住居Bの内部にいる人の耳に届くまでに、住居Aの外壁と住居Bの外壁の、2枚の外壁を通過しますから、その1回毎に20 dB減衰して、合計40dB減衰することになります。
 防音室をつくる前の状態で40dBほどの遮音性能があるわけですから、全体として70dB減衰するためには、あと30dB減らしてやればよいということになります。つまり【図2】のように、防音室を作ってその壁によって透過音を30dB減らしてやれば、合計70dBを達成できるわけです。・・・(マンションなどについては、コラム参照)
 以上が防音室づくりにおける遮音の基本的な方針です。ところで30dB減らすと簡単に言いますが、それは防音室をつくることによって、建築本体の壁だけの時よりも音の透過を1000分の1にすることを意味します。決して生易しいことではありません。それを実現するために重要なことは「遮音のための原則」に従って的確に防音室の設計と工事を進めて行くことです。その原則とは、「重くする」「二重にする」「縁を切る」「隙間を無くす」「振動を抑える」の5つです。次にその原則を説明しながら、防音室づくりの具体的な方法をご説明していきたいと思います。