大切なのは“防音”室ではなく「音楽空間」を創ること

 先日、「大塚まゆみと音楽の仲間たち」と題するバロックアンサンブルのコンサートを聴きに行ってきた。同じメンバーによるコンサートは、2年ほど前にも聴いたことがあり、その時とても感銘を受けた。

 

 このアンサンブルは、曲が作曲された当時のままの楽器またはそれを忠実に複製して作られた楽器(そのような楽器を、古楽器とかオリジナル楽器という)を使って演奏する団体で、音量はそれほど大きくないが柔らかい繊細な響がたいへん心地よい気持ちにさせてくれる。今回の曲は、バロック音楽の代表的な作曲家であるヴィヴァルディやバッハを中心とするプログラムで、私の好きな曲が並んでいる。なので、今回も大きな期待をもって客席にすわった。

 

 でも、、、2年前に聴いた時ほどの感銘は受けなかったのだ。
 演奏が悪かったわけではない。奇を衒わずオーソドックスでありながら、バロック音楽の楽しさ、優しさ、そして時には情熱が聴くものに伝わってくる名演奏だったと思う。選曲が悪かったわけでもない。上記のようにバロック音楽のなかでも名高い曲が多い。

 

 では何が違ったのか。皆さんは何が違ったと思いますか。そう、演奏会場が違ったのです。2年前に聴いたのは、神戸のホテルオークラに付属したチャペル、今回は西宮の甲東園駅前にある甲東ホール。

 

ホテルオークラのチャペルは残響が豊かで、小編成の古楽器アンサンブルの音が潤いを持って響いていたが、甲東ホールは残響が少なく、古楽器の音が痩せて聴こえる。これは甲東ホールが多目的ホールとして造られているためで、演劇や講演会などには向いているのかもしれないが、古楽器アンサンブルでは、音が痩せて乾いてしまい、味わいとなるべき弦楽器の擦過音などが、かえって耳につく。

 

 残響が少ないということは直接音が多いということだが、それはバロック音楽には向いていない。そもそも古楽器は当時の宮廷とか教会堂(多くはシックイや石で造られており残響が多い)で演奏された楽器だから、そのシチュエーションにおいて最高の音楽性を発揮できるように作られている。それを現代の多目的ホールで演奏するということは、完全なミスマッチなのである。これでは古楽器の特性を出すことはできず、かえってその弱点ばかりをさらけ出すことになる。(もちろんそれは当時の宮廷や教会堂においては弱点ではなかった)

 

 そしてそれは、このようなホールだけの問題ではなく、同様のことが住宅に付属する小規模な音楽室やレッスン室にも言えることなのである。そこでどんな楽器を演奏するのか。グランドピアノかチェンバロか、ヴァイオリンか二胡か、トランペットか篠笛か、パーカッションか声楽か。そのようなことによって、部屋に求められる音響特性は大きく異なってくるのだ。

 

 ところが多くの建築施工業者は、そのようなところまで全く考えが行かない。せいぜい近隣に迷惑にならないように遮音をするくらいが関の山だ。(中にはそれもきちんとできない業者がいて、それがけっこう多いのだが)しかし室内音響の不備は、そこで演奏する人にとって、多大の不満とストレスをもたらす。

 

 響かない部屋でカスカスのヴァイオリンの音がする。弾いていても、ちっとも楽しくない。自分が下手に聴こえる。あるいは逆に、ガンガン響きすぎる部屋でピアノの音が耳を圧迫し、すぐに疲れてしまう。頭が痛くなってくることもある。

 

 音がカスカスになるのは、よく木造住宅の中に作った音楽室で起こることで、何とか遮音性能を高めようとする余り、吸音材を使いすぎてしまう。これはそこそこ防音のことがわかってくる者が、かえってしてしまう誤りだ。一方、音が耳を圧迫するのは鉄筋コンクリート造の建物でよく起こることで、コンクリート自体が音を反射させるので、しっかりした吸音や拡散をしないと、全くひどい音響状態になる。いずれも音楽空間としてはダメなことは言うまでもない。

 

 音楽室やレッスン室のことを「防音室」などというが、クライアントが求めているのは単なる外部に対する防音(遮音)ではない。クライアントが望んでいるのは、ちゃんとした音楽ができる空間、美しい音色で楽器を奏で、楽しめる空間、すなわち「音楽空間」であって、決して「防音室」などというわけのわからない部屋を作ることではないのだ。

 

 というわけで、大切なことは「音楽空間」を作ることで、それも、そこで演奏される音楽や楽器や、クライアントの志向に合致した“音の設計”を行うことなのである。だから防音室を設計し施工する者は、“音楽を”知っていなければならない。

 

 それは考えてみれば当然のことなのだけれど、現実はグランドピアノを触ったこともない、モーツァルトとショパンの違いもわからない、クラシックコンサートに足を運んだこともないような工事業者が作った「防音室」ならぬ「忘音室」や「亡音室」あるいは「妨音室」があまりにも多い。
私は自分自身が音楽を愛好しており楽器演奏もするので、音楽を愛する人たちがせっかく音楽室を作りながら、その音響設計の配慮の無さのために、がっかりされたり悩んでおられたりすることが多いという事実を、どうしても看過できないのです。

 

 私どもの設計室では、音響のプロのM氏(ピアノの調律師でもあり楽器について知悉しています)とインテリアコーディネーターのY女史(気持ちのよい音楽空間のためには視覚的な美しさも大切です)、そして一級建築士の私(遠藤)が協力して、最高の「音楽空間」を作り上げます。音楽室をご計画の方や、既存の音楽室にご不満のある方は、とりあえず一度ご相談なさってみてください。