防音室づくり、なぜ不満が生じることが多いのか
私どもは音楽室(防音室)のある住宅の設計を主業務としていますが、既存の防音室の改善工事のご依頼もよく受けます。既にできている防音室をなぜ改善をすることになるのかというと、オーナーがその防音室について不満を持たれているからです。
では、それはどのような不満なのか。どんなことろに問題点があるのか。これまで当設計室にご相談のあったケースを例に、その原因と防止策を考えてみたいと思います。
(1)遮音が不十分
防音室を作ったのに、防音(遮音)効果が不十分で、隣近所に音が漏れてしまう。これはもう、防音室の設計や施工を行った業者の能力不足と言わざるを得ません。皆さんは、設計事務所の一級建築士とか、ハウスメーカーや工務店の一級施工管理技士のような資格を有している者は、防音(遮音)についての基礎的な知識は当然持っているものと思っておられるかもわかりませんが、残念ながらそうではないのです。
建築における防音設計や工事は、たいへん専門性を必要とする分野で、それについての正しい知識や経験を持っているものは、建築にたずさわってる者のなかでも、きわめて少ないのが現状です。したがって、防音室の設計や工事を依頼するときは、必ずそのような専門知識や技術を有しているところを選ばなければなりません。
(2)音が悪い
遮音性には一応満足しているのだが、音が悪いというご相談は、たいへん多いです。せっかく音楽室を作ったのに、いままで弾いていた普通の部屋よりも音が悪くなってしまったというご不満です。なぜそのようなことが起こるかというと、遮音と室内音響調整とは、全く別の知識と技術を必要とするからです。
防音業者の中には、遮音工事はできても、室内音響調整には疎いところがたくさんあります。特に交通騒音の防音を業務としておこなっているような防音業者は、室内音響について知識や技術は、殆ど有していないといってもよいでしょう。そのような業者が作った防音室では、室内の音を吸音しすぎて潤いのないカスカスの音のなってしまうケースがよく見受けられます。音楽的な良い音と響きでなければ、音楽室を作った意味がありません。
(3)部屋が狭い
ふつう、防音室の設計を依頼するときは、何畳くらいにしてほしいとか、間口と奥行きを何メートル以上にしてほしいとか、部屋の広さを指定されると思います。しかしそんな基本的なことが、そのとおりにならないことがあるのです。
なぜそのようなことが起こるのかというと、建築本体の設計をする設計事務所またはハウスメーカーの設計士が、音楽室(防音室)についての知識や経験を持っていないことがあるからです。ふつう6畳の大きさの部屋というと、2.7m×3.6m=約10㎡くらいの部屋のことですが、防音室の場合は、二重壁にして、間に空気層を設けたりしますので、その分を考慮に入れて基本設計をしておかないと、できた部屋が狭くなってしまいます。
ところが設計士が、そのことを知らなかったり配慮しなかったりして、一般の部屋と同じような感覚で設計してしまい、あるていど工事が進んで、やっとそのことに気づくということが、よくあるのです。そのようなミスをすると、たとえば6畳の広さの予定であった部屋が、実際には5畳以下の広さしかないということになってしまいます。
でもその時はもう建物の主要構造部はできてしまっているので、工事を戻してやり直すには多くの費用と時間がかかってしまいます。そんな無知で初歩的なミスをする設計士がいるのかと皆さんは思われるかもしれませんが、防音室作りでは、よくあることなのです。
(4)天井が低い
これも(3)と同じようなことが原因です。防音室は床も天井も二重にしますから、その分を見込んで基本設計をしておかなければなりません。それを忘れて一般の部屋と同様の構造で設計してしまうと、出来上がった音楽室は、天井が低くなってしまします。
一般の部屋は天井高を2.4mくらいですが、音楽室は2.2mくらいになってしまうのです。良い音のためには、なるべく天井が高いほうがよいのですが、せっかく良い音を期待して作った音楽室の天井が、ほかの普通の部屋より低くなってしまうのでは、何のための音楽室かわかりません。
(5)出入り口に段差がある
これも(3)や(4)と同様。防音室の床は二重床にしますので、それを考慮して基本設計をしておかないと、防音室は廊下などより一段上がることになります。防音室から出るときにドアを開けると、そこでいきなり1段低くなっているわけで、たいへん危険です。特に子供さんなども来る音楽教室などでは、ぜったいに避けたいことです。
(6))ピアノが入らない
設計士の中には、楽器についての知識が不足している人がいます。(というか、ほとんどの設計士が知らない。)特にピアノについては、その搬入方法や経路をよく考慮しておかないと、建物ができて、いざピアノを入れようと思ったら入らないということがあります。(そんな初歩的なミスがあるのかと思われるかもしれませんが、実際にあるのです。)
(7)デザインが悪い
音楽室やレッスン室は、音楽を奏でる空間なのですから、それにふさわしいデザイン性をもったものにしたいのは当然のことです。ほかの部屋以上にデザインに配慮してこそ、音楽を奏でるにふさわしい空間になります。ところが実際はどうでしょう。なんの変哲もない殺風景な音楽室(というよりも防音した箱)というようなものが多いのが現状です。防音工事業者は、音のことには詳しくても、部屋のデザインについてはセンスを持っていないところがほとんどだからです。
(8)照明が不適切
これも(7)と同様です。音楽室においては、楽譜や鍵盤などを注視する必要がありますので、照明に関しては十分に注意をはらって設計しなければなりません。そうでないと、照明の光が眼を刺したり、あるいは明暗の差が大きくなったりして、すぐに眼が疲れることになります。音楽室においては、ほかの部屋よりも照明設計に配慮する必要があるのです。ところが防音工事業者で、そこまで配慮して照明設計をするところは殆どないのが現状です。そのために眼の疲れやすい音楽室がたいへん多いのです。
さて(1)から(8)まで、いろいろな問題点を見てきましたが、そのような問題が生じる原因は、どこにあるのでしょうか。
それは、きちんとした音楽室(防音室)を作るためには、建築本体の設計当初の基本設計の段階から、音楽室(「防音室)作りを見越した設計上の配慮が必要であること、また単に建築や防音の技術的なことだけでなく、音楽や楽器についての知識と見識が必要であること、この2点が大切であるにもかかわらず、これらが欠けていることによります。そのために問題点が発生してトラブルになったり、期待外れの結果になったりするのです。
したがって、上記の大切な点を、設計と工事の各工程において、着実に押さえて実行していくことができれば、期待通りの良質な音楽空間を作ることができます。
私どもの設計室は、それを行なっている、全国でも数少ない設計事務所です。